9月号でバリ島の音楽の話をしましたが、それに共通した文章をご紹介します。
『私の日々の研究は、脳と心の関係を、クオリアから読み解くことである。“クオリア”とはラテン語で、質や状態を表す言葉だ。脳の中で起きる物理的な過程はすべて数量化できるのに対し、クオリアは、数量化できない。ここに、クオリアの本質がある。そもそも、この“数量化できない”というクオリアの特質自体が“言葉や理論では語り得ない”という音楽の本質と通じているともいえる。
〜 音楽のクオリアは自由である。感情の“無限定性”を最も生かした芸術が音楽であると私は思っている。心というものは、飛ばそうと思えばどこまでも飛ばすことのできる、いわば無制限の飛行機だ。その触れ幅は一定ではない。嬉しい時は見るものすべてが輝いて見えるし、悲しい時には、見慣れた風景でさえも、沈んで見える。知覚の対象に元来備わっている特性を超えた質感を見い出すのは私だ。ここにクオリアの特徴がある。
〜 ある音楽体験において、どれだけ文字や数字をつくしても、実際になにが起きているかは、結局、説明できない。だが、もっともらしい解説や分析では把握できない、音楽の中で微笑むなにかのクオリアによって、音楽が始まる前には全く存在しなかった感情や情動が私の中に生まれるということだけは、わかる。これが、音楽の魅力であり、すごさだと思う。やっぱり、音楽はすごい。音楽には、かなわない。これが、物理学、法学、生物学、脳科学を研究してきた一人の男の、素直な気持ちである。』
[すべては音楽から生まれる]茂木健一郎 著 PHP新書より |